米国研修 (CASRIP) 報告と判例紹介 (METALLIZING ENGINEERING Case)
2015年夏、シアトルにあるワシントン大学ロースクールのCASRIP(Center for Advanced Study & Research On Intellectual Property)にて開催される、夏期講習(Summer Institute)に参加しました。

また、研修の合間を縫って、シアトルの法律事務所 (Dorsey & Whitney LLP、Seed Intellectual Property Law Group PLLC) を訪問しました。

リサーチクラークのMr. Lee(左)、筆者
CASRIPでは、いくつかの判例を学びました
その中でも、標題判例は1946年に出されたもので、最近のものではありませんが、2011年に成立した新米国特許法 (AIA) によって判例の位置付けが大きく変わりました。
この位置付けの変化は米国では比較的大きなトピックとなっていますが、日本ではまだそれほど知られていないようですので、以下にご紹介致します。
米国特許判例紹介
秘密裏の実施(Secret Use)が公然実施(Public Use)と認定された判例
METALLIZING ENGINEERING CO. V. KENYON BEARING & AUTO PARTS
Circuit Court of Appeals, Second Circuit, 1946 153 F.2d 516
1.判例の概要
METALLIZING ENGINEERING社(以下M社)は金属表面処理に関する方法特許(Re 22,397)の特許権者です。M社はRe22,397の出願日の一年以上前から、秘密裏に発明を実施して利益を得ていました。つまり、発明に係る方法を第三者に知られないようにした上で、その方法により得られた製品で利益を得ていました。
M社は、KENYON BEARING &AUTO PARTSがRe22,397を侵害しているとして侵害訴訟を提起しました。
これについて巡回控訴裁判所(Circuit Court of Appeals)では、M社の出願前の実施行為(秘密裏の実施行為)に基づいて、Re22,397を無効とする判決を出しました。
巡回控訴裁判所は、出願前に秘密裏に発明を実施して利益を得る行為は事実上の独占行為(practical monopoly)に該当し、当該期間に加えて法上の独占(legal monopoly、特許のこと)を認めるのは、独占的に利益を得る期間が延長されることになり、産業の発展に寄与しないと指摘しました。
その上で、本件における秘密裏の発明実施(secret use)は公然実施(public use)に該当するとして、Re22,397は新規性がないとして無効とする判決を出しました。
非公知の実施行為に基づいて新規性を否定?という当然の疑問から、M社は最高裁に上告しました。しかしながらこの上告は棄却され、上記判決は確定されました。
2.判例から提起される論点
特許法で定められた期間を超えて、独占的に利益を得る期間が延長されることは認められない、とする指摘はそれなりに説得力があると思われますが、M社特許を無効にするために、secret use = public useとした点についてはかなりの無理があると思われます。また、この判例に基づくと、例えば出願前のグレース・ピリオド期間に公然実施した発明は無効になりませんが、同期間に秘密裏に発明を実施して利益を得ていた場合には無効になるおそれがあります。このように、標題判例をめぐり、様々な論点が提起されました。
3.AIAの影響
新米国特許法(AIA)の最大のポイントは、何と言っても先発明主義から先願主義(先発表主義)への転換にありますが、AIAによる条文の文言変更や解釈変更に伴って、Metallizing判決の効力にも大きな変化が加えられました。
AIAにおける特許法第102条(a)(1)(新規性)は、以下のように記載されています。
(a) Novelty; Prior Art.— A person shall be entitled to a patent unless—
(1) the claimed invention was patented, described in a printed publication, or in public use, on sale, or otherwise available to the public before the effective filing date of the claimed invention;
上記文言のうち、下線部はいわゆるキャッチオール条項を表すものであり、「その他公になったもの全て」を意味しています(MPEP 2152 Detailed Discussion of AIA 35 U.S.C. 102(a) and (b) [R- 11.2013])。
加えてこの文言について、米国特許商標庁(USPTO)は、AIAの102(a)(1)は、非公開の使用や販売の申し出はカバーしない(新規性判断の材料としない)との見解を発表しました(Federal Register /Vol. 77, No. 144 /Thursday, July 26, 2012 / Proposed Rules 43765ページ)。
上記見解によれば、secret useは新規性判断の材料とはされないことになり、Metallizing判決はその意味を失うことになります。
上記見解に対して、Metallizing判決の政策的な意義(事実上の独占に加えて法上の独占を認めることは許されない)は維持すべき、との意見がUSPTOに寄せられたようです。
これを受けてUSPTOは、政策を決定するのは議会であって行政ではないとコメントし、行政機関であるUSPTOとしてはAIAを忠実に解釈していく旨が示されました
(Examination Guidelines for Implementing the First Inventor To File Provisions of the Leahy-Smith America Invents Act 17ページ)。
また、米国の弁護士会や、弁理士会(ABA, IPO, AIPLA)の公式見解も上記のUSPTO見解と足並みを揃えています(Seed Intellectual Property Law Group PLLCのShoko I. Leek弁護士のコメント)。
4.AIAによる出願人のメリットとリスク
製造方法等の方法発明に対して出願可否を検討するに際して、多くの場合方法は工場内で実施され、侵害行為の発見が困難であることから、ノウハウにして出願を留保するケースをしばしば見聞きします。
また、出願を留保している間に他社が似たような方法を出願していることがウォッチング等で明らかになり、ノウハウとしてお蔵入りさせていた方法を慌てて出願するというケースも、しばしば見聞きします。
このような場合、出願を留保している間にノウハウとしていた方法を実施して(つまり秘密裏に実施して)利益を得ていれば、Metallizing判決に照らせば無効になりますが、AIAによれば無効とはならず、特許を得ることができます。
このような観点から、AIAによるルール改正は出願人にとってメリットがあるものと考えられます。
しかしながら、AIAの102条(a)(1)やMetallising判決の有効性について、裁判所は今のところ、何もコメントを出していません。
したがいまして、特許は取れたものの、裁判所でMetallising判決が押し通されて無効になる、というケースも無いとは言い切れません。
したがいまして、潰され難い特許を得たいのであれば、発明から出願までできるだけ間を空けないことが重要であるとの一般論が、ここでも通用すると考えられます。
2015年10月 塚田 晃浩