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米国特許法改正:先発明主義から先願主義への移行について

 米国特許改正法の施行により先願主義が導入されました。改正前の米国特許法の下では、発明がされた時を基準として特許が受けられるか否かが判断されていたのに対し、改正後の米国特許法の下では、出願日を基準として特許が受けられるか否かかが判断されます。米国以外の国は従来から先願主義を採用しており、国際的調和が本改正の目的の一つとなっています。先願主義に関連する規定には、新規性に関する規定、先願が後願を排除する規定等があり、ここでは、これらの規定の概略につき紹介します。

1.新規性
 新規性とは発明が新しいことをいいます。発明が記載された刊行物が発行されていた、発明が公で用いられていた等の新規性阻却事由がある場合には、その発明については特許を受けることができません。
 改正前の米国特許法では、発明がされた時より前に新規性阻却事由が生じていた場合に、特許が受けられないと規定されていました。これに対し、改正後の米国特許法では、出願日前に新規性阻却事由が生じていた場合に特許が受けられないと規定されました。
 例えば、発明がされてから出願日の前日までの間に、その発明が記載された刊行物が発行されたという場合について考えてみましょう(図1)。この場合、発明がされた時に刊行物は発行されていないので、改正前の米国特許法の下では、新規性があると判断されました。一方、出願日前には刊行物が発行されているので、改正後の米国特許法の下では新規性がないと判断されます。
 新規性の規定については、新規性阻却事由が生じていたとしても、一定の要件下で新規性が失われないという例外規定があります。詳細については、事例説明の「1.新規性」の項目をご参照下さい。

2.先願による後願の排除
 改正前の米国特許法の下では、同一の発明について複数の出願がされた場合、先に発明をした者が特許を受けることができました。これに対し、改正後の米国特許法の下では、先に出願をした者が特許を受けることができます。
 図4に示されているように、甲がある発明をした後に乙が同一の発明をし、甲が出願をした日より先の日に乙が出願をしたという事例について考えてみましょう。改正前の米国特許法の下では、先に発明をした甲が特許を受けることができました。しかし、改正後の米国特許法の下では、出願日が先である乙が特許を受けることができます。
 この規定の詳細については、事例説明の「2.先願による後願の排除」の項目をご参照下さい。

3.注意すべき点
 先願主義が導入されたことにより、米国の特許制度と日本の特許制度との差異は縮まったように見受けられます。しかし、事例説明にあるように、新規性喪失についての例外規定や、先願による後願排除の規定等に両国間で差異があります。先願主義に関する規定につき、実際にどのような取り扱いがなされるかについては不明な点があり、今後の米国特許商標庁での運用や、判例等に注意していく必要があります。

事例説明

1.新規性

(1)原則(102条(a)(1))
 出願において特許請求された発明につき、出願日前に新規性阻却事由が生じていた場合、その発明については特許を受けることができません。新規性阻却事由には、発明が特許されていた、発明が印刷刊行物に記載されていた、発明が公で用いられていた、発明品が販売されていた等があります。例えば、図1に示されている事例を考えてみましょう。
 甲は、「イ」という発明をし、その発明イについて出願Aをしました。甲がイを発明した時から出願Aの日前までの間に、発明イが記載された刊行物αが発行されました。
 この事例においては、甲が出願Aをした日前に刊行物αが発行されていますので、発明イについては特許を受けることはできません。
 改正前の米国特許法の下では、発明がされた時を基準に新規性が判断されていました。この事例では刊行物αが発行される前に甲がイを発明していますので、改正前の米国特許法によれば、甲は発明イについて特許を受けることができます。
 一方、改正後の米国特許法の下では、発明イについて出願Aをした日を基準に新規性が判断されますので、甲は発明イについて特許を受けることができません。
(2)新規性喪失の例外
 新規性の規定については2つの例外規定があります。
 第1の例外規定は、出願において特許請求された発明が、出願日前に公に開示されていたとしても、その開示が発明者によって出願日前の1年以内にされていたものであれば、その開示された発明は新規性を阻却する先行技術とはならない、というものです。ここでいう出願日前の1年以内の期間は、グレースピリオドと呼ばれています。
 第2の例外規定は、出願された発明が発明者によってグレースピリオド内に公表されてから出願の日前までの間に、その発明と同一の発明がさらに開示されたとしても、先の公表の後に開示された発明は新規性を阻却する先行技術とはならない、というものです。条文では、出願された発明がグレースピリオド内に開示されたとしても、発明者がその開示前にその発明を公表していたときは、グレースピリオド内に開示された発明は先行技術とはならないと規定されています。
(2-1)第1の例外規定(102条(b)(1)(A))
 図2に示されている事例を考えてみましょう。甲は、発明イを自ら開示した後、1年以内に発明イについて出願Aをしました。この場合、発明イの開示は、グレースピリオド内に発明者である甲自身が行ったものです。したがって、甲によって開示された発明イは先行技術とならず、甲は発明イについて特許を受けることができます。
 なお、ここでは、出願日前に発明者自身が発明を開示した場合について説明しましたが、条文上では、「発明者若しくは共同発明者、又は、発明者若しくは共同発明者から直接若しくは間接的に主題を入手した他人」による開示につき適用があるとされています。
(2-2)第2の例外規定(102条(b)(1)(B))
 図3に示されている事例を考えてみましょう。甲は、発明イを自ら公表した後、1年以内に発明イについて出願Aをしました。甲によって発明が公表されてから出願Aの出願日前までの間に、乙は発明イを開示しました。この場合、乙によって開示された発明イは、その開示前に発明者である甲によって公表されているため先行技術とはならず、甲は発明イについて特許を受けることができます。
 ここで、第2の例外規定については留意すべき点があります。それは、発明者が公表した発明と、グレースピリオド内に開示された発明とがどの程度一致している必要があるか、ということです。米国特許商標庁による審査ガイドラインには、これらの発明が同一でない場合の取り扱いが規定されています。しかし、実際にどのような取り扱いがなされるかについては本ニュースの報告時点では明らかではなく、今後の米国特許商標庁での運用や、判例等に注意していく必要があります。第2の例外規定が適用されない場合、発明者による公表後に開示された発明が、後述の「非自明性」を阻却する根拠となることが想定されます。

2.先願による後願の排除

(1)原則(102条(a)(2))
 改正前の米国特許法によれば、同一の発明につき複数の出願がされた場合、先に発明をした者が特許を受けることができました。これに対し、改正後の米国特許法では、先に出願をした者が特許を受けることができます。
 より詳細には、出願において特許請求された発明が、その出願日前に、他の発明者の名を挙げて出願されており、その出願について発行された特許公報または公開公報に記載されている場合には、その発明について特許を受けることができません。
 この規定は、先願につき発行された特許公報または公開公報に記載された発明を先行技術として扱い、後願の発明につき特許を認めないとするものであり、日本国特許法第29条の2(準公知)の規定に類似する規定であるといえます。例えば、図4に示されている事例を考えてみましょう。
 甲が発明イをし、発明イについて出願Aをしました。甲が発明イをしてから出願Aをした日前までの間に、乙が同一の発明イをし、発明イについて出願Bをしました。出願Bについては、出願Aがされた後、公開公報が発行されました。
 この事例においては、甲の出願Aの出願日前に、他の発明者乙によって同一発明イにつき出願Bがされ、出願Bにつき公開公報が発行されています。したがって、乙による出願Bの公開公報に記載された発明イが出願Aに対する先行技術となり、出願Aについては特許を受けることができません。
 改正前の米国特許法の下では、同一の発明につき複数の出願がされた場合、先に発明をした者が特許を受けることができました。この事例では、甲が乙よりも先に発明をしていますので、改正前の米国特許法の下では、甲が特許を受けることができます。一方、改正後の米国特許法の下では、先に出願をした者が特許を受けることができるため、乙が特許を受けることができます。
(2)例外規定
 先願によって後願が排除される規定については、3つの例外規定があります(102条(b)(2)(A)~(C))。ここでは、3つの例外規定のうち、日本国特許法に類似の規定のないものにつき(102条(b)(2)(B))、事例に沿って説明します。この規定は、先願の出願日前に、後願の発明者によって先願発明と同一の後願発明が公表されているときは、先願発明は先行技術とはならず、後願発明について特許を受けることができるというものです。図5に示されている事例を考えてみましょう。
 この事例は、乙が発明イをしてから出願Bをした日前までの間に、後願である出願Aの発明者甲が、発明イを公表したという点が図4の事例と異なります。この事例では、先願Bの出願日前に、後願Aの発明者甲によって先願発明イと同一の後願発明イが公表されているため、先願発明イは先行技術とはなりません。したがって、甲は発明イについて特許を受けることができます。
 なお、ここでは、出願Bの出願日前に後願の発明者自身が発明を公表した場合について説明しましたが、条文では、後願の「発明者若しくは共同発明者、又は、発明者若しくは共同発明者から直接若しくは間接的に主題を入手した他人」による公表につき適用があるとされています。
 この例外規定については留意すべき点があります。それは、後願発明者が公表した発明と、先願に記載された発明とがどの程度一致している必要があるか、ということです。米国特許商標庁による審査ガイドラインには、これらの発明が同一でない場合についての取り扱いが規定されています。しかし、実際にどのような取り扱いがなされるかについては本ニュースの報告時点では明らかではなく、今後の米国特許商標庁での運用や、判例等に注意していく必要があります。この例外規定が適用されない場合、先願の特許公報または公開公報に記載された発明が、後願の発明について非自明性を否定するための根拠となることが想定されます。
(3)その他の例外規定
 先願によって後願が排除される規定(102条(a)(2))については、その他2つの例外規定があります。
 1つは、後願発明と先願発明とが同一の発明者によって発明されていた場合には、先願発明は先行技術とはならず、後願発明について特許を受けることができるというものです(102条(b)(2)(A))。
 例えば、先願の発明者が、後願の発明者または後願の発明者と共同で発明をした者から発明を知得した場合には、先願発明は先行技術とはならず、後願発明については特許を受けることができます。
 もう1つは、先願発明および後願発明が、後願の出願日前に同一の者に所有されていた場合、あるいは、同一の者に所有される義務があった場合には、先願発明は先行技術とはならず、後願発明について特許を受けることができるというものです(102条(b)(2)(C))(※)。例えば、同一の出願人によって出願された先願発明および後願発明が、異なる発明者によって発明されていたものの、後願の出願日前にこれらの発明がその出願人に譲渡されていた場合には、先願発明は先行技術とはならず、後願発明については特許を受けることができます。
(※ 改正前においては、発明者のみが出願人となることが要求されていましたが、改正後においてはそのような制限はなくなりました。すなわち、発明を譲り受けた者、すなわち、日本国でいう特許を受ける権利を有する者も出願人となることができます。)

3.非自明性(103条)

 新規性がある発明であっても、先行技術から自明な発明については特許を受けることができません。すなわち、特許請求された発明と先行技術との差異が、その技術分野において通常の知識を有する者にとって、出願日前に自明であった場合は、その発明については特許を受けることはできません。改正前においては、非自明性の判断基準時が、発明がなされた時点であったものが、改正後において出願日前となりました。
 なお、米国特許法における非自明性の判断においては、新規性の判断(102条(a)(1))において引用される先行技術の他、先願によって開示された先行技術(102条(a)(2))が、先行技術として引用されます。日本国特許法における進歩性の判断において、第29条の2における他の出願が引用されないこととの違い注意が必要です。

4.まとめ

 米国特許法に導入された先願主義の概略について説明しました。先願主義が導入されたことにより、米国の特許制度と日本の特許制度との差異は縮まったようです。新規性喪失についての例外規定(102条(b)(1)(B))や、先願の後願排除効についての例外規定((102条(b)(2)(B)))に見られるように、改正法には、一見、早期の公表が得策であるかのように思われる規定があります。しかし、上述したように、これらの例外規定については留意すべき点があり、今後の米国特許商標庁での運用や、判例等に注意していく必要があると考えられます。

5.参考文献

[1]Leahy-Smith America Invents Act Implementation
   (http://www.uspto.gov/aia_implementation/index.jsp)
[2]日本知的財産協会 国際第1委員会, 「米国特許法改正 America Invents Act (AIA)の概要」, 2012年12月3日

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